#病院生活と人間模様その1

僕は今入院している。

特に身体は痛くないし、普通に歩き回れる。

つまりはヒマなのだ。

やることがないのだ。

そして病室は僕からすると暑苦しい暖房と、乾燥した空調の空気で、僕はあまり病室に寝てはいられないし、外の空気を吸いたいのだが、そのフロアから出てはならないという規制をかけられている。

すると、どういうことになるかというと、みんなの憩いの広場みたいなお茶飲み広場みたいな、かなり広いスペースのエリアに入り浸る様になる。

ここは空調もそこそこだし、
視界の開けたガラス張りで
それこそカフェの様に椅子とテーブルのボックスがいくつかある。
中央部にも大きなテーブルがドンとあって、周りに椅子が取り囲まれた様に配置され、

部屋の隅の所々にはベンチシートのようなクッションシートも、いくつか配置されている。

まさに水と緑茶、ほうじ茶しかないカフェだ。

僕はそこで一日中過ごす時間が増えた。

そこはスマホもOKなので、
スマホいじりから始まり、
雑誌をパラパラしたり、
ガラス張りの部屋から、
外を眺めて色んな事を考えたり、そんな事をしながら一日中、時間の過ぎるのを待っているのだ。

ここは色んな人の往来があって、会話をしなくても様々な人間模様が見えてくる。

ある時、車椅子の主人と、面会に来た奥さんが、ガラス張りの窓から2人外を眺めていた。
男は55歳位だろうか?
車椅子をガラス張りにピタッっと付くほど寄せて外を眺めている。
勿論病院の寝服を着ている。
特に点滴やそれらのものは
着いていない。

奥さんと思われる人は、
普段着で寄り添うように
ボックスの椅子を1脚拝借して、隣に同じく座り外を眺めている。

僕は部屋の反対隅っこのベンチシートから2人を眺めている。

2人が大きなガラス張りの窓に向かい隣同士外を眺めている後ろ姿が見える場所だ。

2人とも会話すらない。
もう10分は軽く過ぎている。

外の景色はかなり視野が広く
空も広く眺める事が出来る。

この時は窓の端から端まで
長く伸びた雲に、夕日のオレンジ色が少しかかり、何とも哀愁帯びた、けれども凛とした薄紫も入った様な冬空特有の色を空はしていた。

スマホも飽きて、いつしかヒマな僕は2人の後ろ姿を眺める様になって10分が経っていた頃だ。

まだ会話すらない。

点滴もついていないのだから、もう大分回復に向かっているのだろうと想像する。

何の病気なんだろう?

そんな事を想像しながら、更に5分が過ぎた。

それでも会話がない。

その時だった。

奥さんが『行きましょうか?』と声を掛けた。

主人は『ああ。』とだけ低い声で答え、奥さんは席を立ち
椅子を戻して、車椅子を回転させ、病室に戻って行った。

この夫婦は何を物語っているのだろう?

いかに家族と言えど、15分という時間何も会話せずに外の景色を眺めているという境遇は何だ?

僕の様に病室のムンムンした
熱から逃げてきたのだろうか?

ならば冷たいお茶の一つも飲みながら景色を眺めないだろうか?

病状が良くないのか?
いやいや、それはないたろう。そもそも点滴すら付いていないのだ。

手術前なのか?

家でも静かな夫婦なんだろうか?

そんな妄想を膨らませて、時間潰しをしている自分がいる。

僕の意識の中に今日、ワンスナップ入り込んできた夫婦の絵の話だ。